職場の新人の話

ダラダラ仕事を続けていたら、気がつくと契約社員として勤続5年を越えていた。時給もじわじわ増えてゆき、ますますやめる理由がなくなる。まわりが派遣ばかりなのでなりゆきで数年前から新人教育係を任されるようになった。

万が一にも特定されたくないのでボヤけたことしか言えないんだけど、某企業の下請けの下請けとして商品の検品をやっている。

これまでに20代、30代、40代、50代を教えたことがある。やっぱり若いと物覚えはいいし、50代だと苦戦した。転職は若いうちにってこういうことなのかなと思った。

教育係の仕事は『新人に仕事を覚えてもらうこと』だと判断し、もう好き勝手にやっている。やらせてもらっている。勝手にレジュメを作って勝手に配っている。新人が半人前から約一人前くらいになるのに、前任は無計画に半年以上かけていたが、自分は計画的に2ヶ月くらいで育てているため、「結果が出せるなら」とそれら勝手を見逃されている。

でも結果が出せているのは自分だけの手柄ではない。先輩や上司が「教育中なら通常業務がさばけなくてもしょうがないよね」と言ってくれるおかげなので、感謝している。本当に。データだけ見たら自分の処理数なんてゴミカスなのに、評価する側の偉い人に「こいつは数字に表れないところで会社に貢献しています」と伝えて守ってくれているから自分はのびのびと教育係ができている。感謝。

そういう環境で「自分は教育係に向いている!」なんていい気になっていた。この春まで。

 

新しく入った新人Aは人生で初めて会ったポンコツだった。ポンコツ。そうとしか表現できない。こんな不器用な人間がいるのかと軽く衝撃だった。

これまでの人は10教えて5覚えてくれればいい方で、こっちもこっちで「10覚えてもらえるまで何回でも10説明し続ける」と割りきって日々やってきたが、新人Aの成長はゆるやかだった。

まず決断力がなかった。たとえば1、2、3を仕分ける仕事があったとして、2.5を“2”と“3”のどちらに分けたらいいのか、仕事に就いたばかりでは分からない。しかし新人Aの場合、2.999を「3ですか?」って質問してくる。おおむね3じゃん。時には3を持ってきて「3でいいですか?」って確認してくる。3だよ。いや…いや3でしょ!3以外のなんて言えばいいんだよ!判断力っていうか自信がない。もっと自信を持ってくれ。

あと自ら「覚えが悪いんですよね~」って言うのにメモを取らない。1回の説明で覚えてくれる人はごく稀で、大体みんな3回目くらいの説明で「これ前にも聞きましたね」って思い出してくれる。だから最初からメモを取れとかは言わないことにしていた。実際に1回で覚える人もいるのだし。でも「覚えが悪い」を自称しちゃうならメモを取ってるフリくらいしとかないと、心証がよくない。

彼女と接していると『こういう受け答えは教育係の心証によくないんだな』という気付きがある。

 

新人Aはこれまでに短期バイトならやったことがあるけどちゃんと就職するのは今回が初めてだという。実家で暮らし、親が遅くに生んだ子だそうで、もう甘やかされて可愛がられて生きてきた感じが伝わってくる。悪い子じゃない。マジで悪い子じゃない。ただ、もったいない。

新人Aは20代女性なのだけれど、腕毛が1センチくらいあり、眼鏡はビンの底みたいで、猫背だ。どうしよう。「無駄毛処理をして眼鏡をオシャレなやつにして背筋をしゃんとしなさい」って言っていいのか?そんなこと言う権利、春に会ったばかりの会社のいち教育係が言っていいのか?でも絶対に身だしなみを整えた方がいい。

憶測だが、一緒に暮らすご両親の「末っ子にずっと子供のままでいて欲しい」「色気づかないで欲しい」という願いもうっすら反映されているのかもしれない。でも数年後にはアラサーなんだよ?

しかし本人から「眼鏡を変えたい」「可愛くなりたい」などの話は聞いていない。というかそもそも『身だしなみを整える』という発想がなさそう。だからこれは外野の私が勝手に危機感を抱いているだけなのだ。

社会にはいろいろな人間がいて、人を見た目で判断したり、相手を“下”だと判断したら攻撃してくる輩もいる。大丈夫か。うちの会社を続けるにしてもいつか別の仕事に就くにしても、社会人として最低限の、マジ最低限の身だしなみは整えた方がいいんじゃないか。これって余計なお世話なのか。確かに身だしなみなんて法律で決まっているわけじゃない。

小学生の最低限の身だしなみだったら『ハナクソをつけっぱなしにしない』レベルで許されるけど、社会人なら腕毛くらい剃った方がいいんじゃないか。こんなことをごちゃごちゃ考えてしまう時点で私こそが人を見た目で判断するクソ野郎なのか?

ちなみに髪はご家族に切ってもらっているそうだ。めっちゃ器用だなって思った。ショートは彼女の雰囲気にとてもよく合っている。でも「お母さんが切ってくれます」ってあんま言わない方がいいんじゃないか?考え過ぎて分からなくなってきたんだけど言ってもいいのかな?あとめっちゃ器用だけどやっぱり美容院に行った方がいいと思う。

人を傷つけるなんて考えたこともないだろう、いい子だ。ご両親に大切に育てられ、ご両親のことも大事に思っているいい娘さんだ。根が真面目で、うっかりミスは目立つが、自棄になって仕事を投げ出したことはない。今までに教えてきた人より伸び方はゆっくりだけど、それでも徐々に“できること”が増えている。

 

注意をした時、できたら「気をつけよう」って思ってもらいたい。でも「怒られた」って凹んだり、「侮辱された」って憤ったり、なんなら右から左で聞いてくれない人もいる。新人Aは自己肯定感が低く、自信がないから分かりきったことを何度も確認しちゃうし、怒られるのに抵抗があるから「覚えが悪い」っていう自虐の予防線を張ってしまうのだろう。でもそういう予防線は時と場合によっては言い訳だと思われてしまうからあまりよくない。

学生だったらそれでよかったのかもしれない。でも今は社会人で、社会の一員として働いている。幸いにも今は教育係の自分しか関わっていないため新人Aの人となりは表に出ていないが、これから他の業務を任されるようになったら、他の人と関わるようになったら、周囲に嫌われたりしないか?これは余計なお世話なのか?でも、いずれは誰かが教えてあげた方がいい。

 

…だったら私が教えてよくない?少なくとも攻撃の意志はないわけだし。でもどうやって伝えればいいんだろう。分からない。これまでは仕事を教えるだけだったけど、それで十分だったけど、どうにか彼女を傷つけずに、できる限りのことをやりたい。

でも本当にどうすればいいんだ。

とりあえずメモ帳を渡して「分からないことがあったらメモしようね~」って教えたけどこれでいいのかな。

腕毛ってどうすれば剃るよう仕向けられるのだろう。人間関係って難しい。